人は、本能的に死を遠ざける傾向があるが、死と向き合う事によって、真に生きることの意味が明らかになるのです。
生きる意味を見出せないほど、むなしい人生はありません。
仏教、釈迦の教えにもありますが、生死、損得、善悪、苦楽、悲喜、など、いずれも裏表が一体となったものです。
したがって、どちらか一方のみでは存在しないものです。
しかし、人は『生』だけを得ようとしたり、『楽』だけを得ようとする。
自分の都合のいいほうだけ得ようとします。
それが、迷いを招くのです。
人は、死を見つめてこそ生があるのです。